集団心理(group mind)
集団心理とは、集団の持つ凝集力や圧力など様々な要因によって個人が受ける影響により、集団の中の多数派に同調するといったものです。
この同調がときに、極端な行動を引き起こす事があります。
廃墟であったとしても、他人の家に入ってはいけません。この当たり前のことが『肝試しにちょうど良い場所がある』とグループで訪問すると、いけないことと分かっていながらも、侵入してしまうことがあります。
日本では1960年代にあった学生運動では暴徒化した市民や学生が鎮圧される場面が記録映像でも見る事ができます。
主張が対立することについては尊重され、そこに同調することには問題がないはずですが、主張の方法が暴力に変わると危険を伴うことになります。
群衆雪崩は巻き込まれてしまう事故の場合と、誰かがトリガーとなって引き起こされる事件である場合があり、ここにも少なからず集団心理が関わっていると考えられます。
群衆雪崩
2001年に発生した兵庫県明石市の花火大会後の歩道橋上で発生した群衆雪崩は、大規模な死亡事故(事件)としては社会問題化しました。
当時のインタビュー映像を見ると、改めて恐ろしさが伝わってきます。
2022年10月には韓国の梨泰院で大規模な事故が発生し、わずか数百メートルの範囲で150人以上が死亡、けが人も多数出る大惨事となりました。
【参考】NHK: NHKアーカイブス 明石 花火大会で歩道橋事故
予防可能だが予測困難
群衆雪崩は、群衆化しなければ発生しません。すなわち、人が居なければ発生しません。
試合終了と同時に何万人もの人が動き出す野球場では、人流を制御するための設備やノウハウがあります。
阪神甲子園球場では、7回あたりから阪神電車の人が動き出して臨時列車の準備をしています。試合の流れによっては帰宅ラッシュと重なる可能性もあるため、臨時列車を出して群衆を他の駅に分散させています。
容易に予測できるものについては人流に迂回を強いたり、入出場制限をすることである程度は群衆化を抑制できます。
しかしながら、予測困難なことも多いです。テレビやSNSで話題となったお店の前に行列ができることがありますが、狭い路地に人が集まれば問題化してきます。最後尾を探す人たち、生活のために往来する人たち、配達や介護で建物に出入りする人たち、こうした複雑な人の流れの重なりが群衆雪崩のきっかけになることもあります。お目当てのお店のために何時間も並んでいる人が『押せ!』『引くな!』と勝ち負けのような殺気が出し始めると危険です。
学校給食で培った整列
日本人は災害時でも列を乱さず順番を待っているということが、わざわざ海外で報道されることがあります。
『survival』として、奪ってでも水や食糧を確保するべきか、列の後半でも割り当てられることを期待して待ち続けるべきか、正解はわかりませんが、日本人は待つ気質のようです。
間接的に影響しているのが学校給食だと言われることがあります。クラスの人数分の食事を、子供達が均等に分配し、その配膳もすべて子供達だけで完結する日本の学校給食が『列に並べばいつかは貰える』『全員に行き渡るように取り過ぎてはいけない』などが暗黙知として培われているようです。
費用負担は課題
ハロウィーンの群衆に対し『対策を強化すべき』と語気を強めておっしゃる方がテレビでもよく見かけられます。
ハロウィーンですと週末の夜、交通整理ではなく力仕事や危険も伴う可能性があるので警備員1人あたり3万円程度は見積もっておく必要があります。
30人配置で90万円、しかし渋谷では350人を動員したこともあるので1,000万円以上の経費がかかっています。
渋谷では路上飲酒禁止で近隣のコンビニは酒類の販売を自粛、ショップも破壊行為を恐れて臨時休業するなど地域経済を潤す要素が見当たりません。
世界的にも有名な渋谷の街であるからこそ費用負担できると思いますが、それができないケースも想定されます。
あるマンガのストーリーから、ある場所が『聖地』と化し、ある日付が特別な日であると崇められた時、そのマンガの人気度によっては何もないような街に何万人という人が訪れる可能性があります。
普段は人が寄り付かないような広場や神社が、突然数万人が結集する場所になると、管理者不在で無秩序な状態になる可能性があります。
管理者も主催者も不在の場合、人流制御も容易なことではありません。
税負担が適正か?
群衆雪崩が起こらないように、警察や自治体も無策でいる訳ではありません。
しかしながら、その経費を捻出できなければ打てる策には限りが生じます。
特に群衆に対しては、ある程度の人数で対抗しなければならないので、人数に応じた費用がかかります。
イベントを楽しむ個人のために税金を使う事に、どれだけの人が理解を示すでしょうか。
一般的には受益者負担、楽しむ人が費用を負担すべきです。
東京ディズニーリゾートには1日に10万人を超える人が訪れることもあります。入園料を払って楽しむ人々を大勢のキャストが支えています。年間1,000回以上の災害訓練を実施すると言われるTDRは、まさに受益者負担による様々な対策が講じられています。
人口3万人の都市で、警備費に3千万円かけるとなると住民1人あたり1,000円の負担です。多くの住民が参加する地元イベントならば理解も得ようがありますが、地元民が反対するイベントに町外から人が集まり、税収につながるようなことが起こらないとなると、イベントを楽しむ人のために嫌々場所を提供して、さらにお金まで取られることになる住民が、警備費負担を歓迎するとは考えづらいです。
お花見イベント
普段は誰も来ないような桜並木の土手に、桜が見ごろの週末に1~2日だけ何万人という人が訪れることがあります。
桜土手にはお店が無く、臨時の屋台が並ぶが事業所が町外なので売上金に対する税収は町外に流れています。
公共の場で出たゴミが置いて行かれれば町が処分費を負担します。
最寄駅は停車本数が少ない閑散とした駅であると、ホーム上で待てる許容人数が少なく、駅員が1人しか居ないような駅では人流の整理もできません。
4両編成が停まれるとして各車両超満員状態でも1,000人程度しか乗車できず、1時間に2本しか停車しなければ1万人が町を離れるまで5時間かかります。すなわち、駅前に1万人もの人が集まってしまう可能性があり、群衆雪崩が起こる要素ができてしまいます。
警備員100人の配置を土日の2日間続けると600万円、夜桜も想定して時間が延びると1,000万円を超えてしまうかもしれません。
小さな町で1,000万円の税収はなかなか大変な額です。
この場合、桜並木を見に来る人から収益を出す方法を考えるか、地元民以外は進入できないように規制をかけるか、何かを考えないと警備費などで税金が垂れ流しになってしまいます。
暴徒は予防困難
群衆雪崩を警戒して、人流を制御するなどの予防策を打つ事は可能でしたが、暴徒は予防が困難です。
偶発的か計画的かにもよりますが、いずれにしても予防は容易ではありません。
警察の許可を得て行われるデモ行進は、秩序を守って貰えるように事前の申し合わせができ、警官や警備員を配置するなどの予防策により暴徒化を抑制することはできると思います。
とはいえ、同じ思考を持つ集団であるがゆえに、何をきっかけにして暴徒化するかはわかりません。
運悪く、どこかの地域で問題視すべき事件が起こってしまうと、SNSなどを通じて瞬く間にデモ隊に広がり、誰かの一声で暴徒化する可能性があります。
計画的な暴徒は、鎮圧されないように綿密に計画されている可能性があるので、予防は困難であると考えられます。
ただし、その計画は何を目的としているかによって多少の予測がつく場合もあります。
ある特定の団体の事務所前で起こる場合や、報道されやすい場所で起こる場合などは、暴徒化した人たちが誰かを傷つけることが目的ではなく、怒りを表現することが目的である場合もあります。
デマでデモも暴徒化
同調した仲間が、何らかの目的のためにデモ行進や抗議活動などをしているときに、ちょっとした情報のインプットが怒りや熱気に変わることがあります。
怒りを鎮めるには外圧か理性が必要になりますが、そもそも理性を失うほどの着火剤となるような情報があります。
子供に対する犯罪について抗議しているところに、新たな犯罪の情報が入ると『だから言っているのに!』と強い怒りを覚えるかもしれません。
この情報の真偽を確かめることなく、心の中の怒りが、身体の外にまで現れるような状況では、もう止めることができないかもしれません。
デマであってもキレてしまった人が複数居れば、極端な方向に動いてしまう可能性があります。
少人数でも暴徒
暴徒は1人ではないことは何となくわかりますが、何人から暴徒なのかというと定義は無さそうです。
暴衆となった人々は、それが2~3人でも危害因子ではありますので何らかの方法で鎮静化の方向に導かなければなりません。
危害要因とならなければ鎮圧の対象にはならないので、武器になるような物を持たずに座り込みをしている段階では静観されることが多いと思います。
盾と警棒を持った警官隊と暴徒の衝突がもたらす危害は、警官と暴徒の負傷だけではありません。
その衝突が起こっている近隣エリアでは通行止めなどの規制がかかるでしょうし、建物はガラスが割られたり略奪にあうこともあるかもしれません。
群衆も暴徒も脅威
脅威であるか否かを考える場合、群衆も暴徒もそれ自体が脅威となる場合があります。
車1台分の幅しかないような道路に群衆が押し寄せてきたとき、群衆とは反対側から来た車はどうなるでしょうか。
まずは動けなくなると思います。そして車の横を人が通り、ボディには小さな擦り傷がつくかもしれません。段々と人が増えてくればミラーを折られたり、車の上を歩く人が出てきたりするかもしれません。
さらにエスカレートすると車を持ち上げて横に寝かそうとするかもしれません。群衆が暴徒化する境界はわかりません。
この車にとっては人波が群衆となった時点で脅威となり、ミラーを取られるなど修理が必要になった時点で大きな危害です。
1人であれば脅威ではないかもしれませんが、群衆となると人間が脅威になってしまいます。
脅威評価と分析
群衆や暴徒の脅威評価は『危害』の抽出から始めます。
人に対しては、外出先や仕事場などが群衆や暴徒の立ち入る場所であるか評価します。
自宅や職場であれば建物や車、看板、植木などモノに対する危害の恐れが無いか、周辺道路などを評価します。
業務に対しては、群衆や暴徒が発生していることによる間接的または直接的な危害を検討します。
間接的とは、道路が通行止めになったり仕入先が休業になってしまうなどを指します。
長期的に構えるものばかりではなく、極短期間のことを検討することも多くあります。
毎年恒例のイベントがあれば、年1回ではあるが10年後も毎年警戒が必要です。
オリンピックのように半世紀に1度あるかどうかというイベントであれば、その日に限った脅威になります。
警備に税金が使われている内は脅威ではないが、警備が半減したらどうなるのか、といった検討も必要になります。
筆者の居る場所から5km圏内に競馬場が2つと競艇場が1つありますが、いずれも開催日には数十メートル間隔で警備員が立っています。これが数百メートル間隔になってしまったら道路に面している家々には脅威になるかもしれません。
そうした警備の手厚さにも注意が必要になります。
対策コンサルティング
人が集まらない、滞留しないことが群衆や暴徒への対策になります。
発生しそうな場所に自宅や事務所を置かないということも対策になります。
言うは易し行うは難し。
公道の交通を制御することは民には不可能に近いと思います。
危険な場所に住んでいなかったとしても、あとから聖地のようなものが誕生してしまえば、人が集まってしまいます。
実際には、起こり得ることを想定して脅威評価・脅威分析をするところからコンサルティングを始めています。
物損対策については保険に加入し、イベント開催前に入念に写真を撮り、さらに養生をして守備を固めます。
防御策は工夫次第で狙われにくくできたり、壊れる要素を減らしたりできますので、現場で細部の調整を図ります。
危険予知ができる場合は、しつこいくらい自治体や警察の窓口を訪れて、その旨を伝えます。公費による対策は簡単ではないので情報伝達にとどまることが多いですが、何もせずに効果が無いよりは可能性が高まりますので、コンサルタントとしては行動する方に傾きます。